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zoom RSS 『ノッキング・ドア』

<<   作成日時 : 2009/05/13 20:58   >>

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 いつのまにか、心が迷子になってしまうことがある。

 ぐちゃぐちゃになった気持ちが逃げ道を欲しがって、どうでもいいことを、たくさん考えてしまう。

 彼のことを思うと、あたしの中身は考えすぎの変なもので埋まっていって、やがてそれらはたくさんの扉のように目の前をふさいでしまうのだ。



 朝の校舎に、チャイムの音が響きわたり、あたしは早足で入り口に走った。

 あわてて下駄箱に靴を放り込んだそのとき、彼が後から入ってきた。

 いつも通りのタイミングだった。

 この遅刻の常習犯とは、小学校に入学してから六年間、同じクラスだから、おなじみの光景だ。

「お、矢沢!? なに、お前も遅刻かよ?」

 彼が、大きな声でそう言った。

「うるっさいわね。あんたといっしょにしないでよ、バカシ」

「だれが、バカシだ、悟史だっての!」

「ほら、急ぎなよ、バカシ」

「てめーなー」

 あたしは階段を駆けあがりながら、小さくため息をついた。

 悟史がこのガサツ女と、後ろでぶつくさ言っている。

 ちょっとだけ心に痛みがはしった。

 つい、悟史には暴言を浴びせてしまうのだ。

 幼なじみで、家同士も近所づきあいがあるため、いまさら淑やかな態度などとれるはずもない。

 それに、あの日から、なかなか素直になれなくて、気にすれば気にするほど、変な態度になってしまうのだ。



 ちょうど半月ほどまえのこと、運動会があった。

 あたしと悟史は用具係で、第一部と第二部のあいだの休憩時間に、体育館の倉庫へと一年生が使った玉入れの道具を片付けていた。

 悟史は徒競走で二年連続Vを達成し、機嫌が良かった。意気揚々と片付ける悟史を横目で見ながら、あたしもなんとなく嬉しい気分だった。

 グズで、のろまとしかいいようがない駄目な男の子だった悟史が、最近めきめきと運動も勉強も良くなってきていた。

 背が伸びてきたというのもあるが、それ以上に目に力が宿っているようにも見えた。理由はわからなかったが、いつも勉強を見てあげたり、何かと世話焼いていたあたしからすれば、さながら弟の成長をながめているような気分だった。

 やがて片付け終わるころ、ふいに悟史がいった。

「おまえ、好きなやつっている?」

 あたしは、頭をはたかれたような顔で、茫然と悟史を見た。

「――いないよ」

「あ、そうなんだ……」

 急に心臓が飛び跳ねはじめた。

 妙な空気と自分の想像に、顔が赤くなるのがわかる。少し薄暗い倉庫で助かった。

「おれさ……」

 悟史がため息に似た呼吸をして、躊躇するのがわかった。

「なによ」

「……おれ、二組の佐藤が好きなんだけどさ」

 そういわれたとき、あたしは、自分の中でなにかが目を覚ますのを感じた。

 同時に期待のようなものが崩れ去る音も聞いた。

 ジーンと頭の芯が痺れたような気がする。

 二組の佐藤さんは、おしとやかな感じで休み時間は本を読んでいるような女の子で、あたしとはまったく正反対だ。たぶん同じ調理クラブだから、悟史はこんな告白してきたのかもしれない。それにあたしなら言いふらさないのを知っているし。

「ふーん。それで?」

 勝手に、あたしの口が冷たい声を発した。

「だからさ、ちょっと教えてくんない? 彼女のこと」

「あんたね、あたしにそんな告白できる勇気があるなら、本人にも言えるんじゃないの」

「無理。おまえは大丈夫」

 その言い草に、ものすごく腹が立ったが、子犬がじゃれ付くような信頼に、突き放すようなこともできなかった。

 ケーキが好きなことや、料理や手芸が得意なこと、家が花屋さんをやっていることなど、表面的なことをつまんで教えてあげた。それ以上はいいたくない。佐藤さんは友達だし、それに……。

「まぁ、がんばれば?」

「うるせーな、ガサツ」



 そんなことがあってから現在、悟史はまだ告白どころか、近付くことも躊躇していた。

 その話題になるたびに悟史を激励する自分がつらかったし、つらさの原因を認めるのもなんだか怖かった。あたしがあたしじゃなくなるようだ。

 下校時刻、クラブが今日はあったので、佐藤さんといっしょに家へ帰る。

 いつのまにか、あたしは佐藤さんと以前より友達関係が強くなった。

 もともと、佐藤さんのおしとやかな感じに憧れて、いっしょに調理クラブに入ったんだし、それはおかしくないことだけど、あれからなおさらその気持ちが尖ってきたような気もする。

「今日は、よくできたね」

「うん、たまごって最近、安くないんだね」

 ミニ主婦みたいな会話をしばらく続けながら、あたしの視線はたまに宙をさまよう。

 オムライスを上手につくれた佐藤さんに対し、あたしはかなり不器用でめちゃくちゃ歪んでいた。けっこう劣等感。佐藤さんには女の子らしさで圧倒的に負けている。ほかも運動以外はたぶん負けている。

 スポーツの話題を出して、ちょっと自分を慰めながらも、いつのまにか恋愛の話になった。女子が長く話すと、だいたいこれに落ち着く。

「ねぇ、矢沢さんって、男子にけっこうもててるみたいだよ」

 佐藤さんがふいにそんなことをいったので、どきっとした。

「まさかぁ。そんな物好きいるの? だっれもそんな素振りしないじゃん」

「でも、たくさんウワサ聞くよ」

「ウワサはウワサよ。そういう佐藤さんだって、好きな男子……いるみたいだよ」

「えー、ほんとー? だれ」

「……えー。しーらない」

「もう! 矢沢さんの明るくてハキハキしたところ、わたし憧れるなぁ」

 あたしは佐藤さんの瞳を見てしまった。本気でいっているみたいで、あたしは目をそらした。

「……そうでもないよ」

「え?」

「あ、ごめん。それで、佐藤さんって好きな子とかいるの?」

 佐藤さんは、ちょっと真面目な顔をして、はにかんだ。まるで品のいい猫みたい。こんな子が悟史は好きなんだ。

「ぜったい人に言わないなら……」

「うん、大丈夫。あたしの口は、先生のハゲ頭よりかたいわ」

「あはは。えっとね……、矢沢さんのクラスの……藤島くん……」

 あたしの背筋に冷たいものが走り、おなかのほうまで抜けていった。

 クラスに藤島は二人いるのだ。

 学級委員長の竜哉と、そして悟史――。

「あ、矢沢さん、そんな意外な顔しないでー」

 あたしは感情が顔に出やすいほうだ。

「――ごめん、ごめん……。それで、どっちの……」

 と、いおうとしたとき、うしろから声をかけられた。

 クラスの女子、橋元さんのグループだった。

 あたしたちは、すぐに話題を変えて、来年の中学の話をはじめる。

 人間拡声器とか言われてる橋元さんの前で、恋の話題なんて悪夢とかいいようがない。

 あたしは結局、聞きそびれてしまった。



 家に帰って晩御飯を食べていても、心のなかは何かがつっかえている。大好きなカニクリームコロッケも味がしない。二歳下の弟が、携帯ゲーム機の新作の話題をふってきても話す気がまったくおきない。お姉ちゃんは、モンスター倒すより、心のつっかえ棒を倒さなきゃならないのよ。

 電話をかけてみようかなと思ったが、たぶんこの時間、佐藤さんは塾だろう。

 明日だっていいと思うけど、このままじゃ今夜は眠れやしない。

 こんなとき携帯電話があったらなぁと思う。メールならいつでも聞けるのに。

 中学生になる来年には、お母さんは携帯電話を買ってくれると言っていたけど、電子部品会社に勤めるお父さんはそういう方面に厳しいから微妙だ。パソコンも欲しいけど、そっちはもっと微妙だ。
 
 二階の部屋で悶々と窓の外を眺めていると、下で電子音が鳴った。すぐにお母さんがあたしを大きな声で呼んだ。

 あたしが慌てて降りると、佐藤さんからだとお母さんがいう。受話器をひったくるようにしてあたしは電話に出た。

 塾から帰って一番に佐藤さんは電話をかけてきたらしい。

 どうやら佐藤さんも気持ち悪かったみたいだ。

 しばらく“余計”な話をしてから、焦れてきてあたしは聞いた。

 佐藤さんは少しだけ間をおいて、

「……あ……、えっとね……竜哉くんのほう」

 と一言。

 あたしは受話器をもったまま、居間のソファに転がった。全身の力が抜けてしまった。

「それで、矢沢さんはいないの?」

「えー、いないよー。いても、そんな大事なこと電話じゃいえないっス」

 あたしが明るい声でそういうと「ずるーい!」と佐藤さんの高い声が耳を振るわせた。くすくすと二人で笑った。

 そのとき、佐藤さんはさらっと強烈な言葉をつぶやいた。

「なんだぁ、てっきりわたしは矢沢さんって、悟史くんが好きなのかと思った」

「……え、なんで」

「ほら、いつも、いっしょにいるじゃない。すごく仲が良さそうだし……」

「――やめてよー、なんであんなバカと」

 そうはいったものの、完全に正解を突かれて、変な汗が出てきそうだった。

「うーん、でも悟史くんだってそんな悪くないんじゃない? 矢沢さんと同じで、明るくて、おもしろいし」

「あー、あいつ、それだけが取り柄だからね。困ったやつよ」

 そういうと佐藤さんはちょっと小声でいった。

「……でもいいなぁ。たしか、竜哉くんも、明るい女の子が好みだって聞いたことあるし……」

 あたしはその言葉を簡単に受け流してしまった。あとで、それは意味が深いことだったと知った。

 しばらく経って、人間拡声器こと橋元さんから、藤島竜哉があたしのことを好きらしいという噂を聞いたのだ。

 あたしは驚いて呆然とした。それから深く深くため息をついた。

 その日、悟史と理科の実験で同じ班になったとき、片付けの途中で二人になったので、あのことは、あれからどうなったのかと聞いてみた。

 悟史は、ものすごく渋い顔で、ダメだ、無理とつぶやいた。

 臆病もん、とあたしがいうと、つっかかってくるかと思ったら、眉間に皺をよせて、マジでそうかも。と聞こえないような声で吐き出すようにいった。

 さらに、「おまえはいいよなぁ……。けっこうそういう勇気ってあるだろ」とぶっきらぼうにあたしにいう。

 あたしの心がズキンと痛んだ。

 そんなことない。と何回も頭の中で連呼する。

 結局、中学になったら告白しよう、と悟史は話をきった。

 それに、少しホッとしてる自分が嫌だった。臆病もんはあたしだ。



 その日の夜、初夏の風を窓辺で浴びながら、あたしは想像した。

 大きな迷路に、あたしと、悟史と、佐藤さんと、竜哉くんと、そして個々をさえぎる扉がある。

 扉は、カギでも力でも開かない。

 開くためには、勇気が必要なのだ。それもたくさんの勇気だ。

 迷子になってる勇気を集めて、最初に扉をひらくのは誰だろう。

 弟の携帯ゲーム機の軽快な音楽が、リビングからかすかに耳にとどいた。

 ゲームの中でも努力しなきゃ、次へは進めないわけだしな。

 あたしは、ちょっと口に出していってみた。

 ――そろそろ悟史をバカシっていうのやめよっ。

 そうだ、まずは扉まで辿りつかなきゃ。

 勇気でノックできるかは、それからだ。



 
 いつのまにか、心が迷子になってしまうことがある。
 
 扉はひらかれるのを待っている。















―――――――――――――――――――――
(#⌒〇⌒#) やっと代休の連休だよ。昨日含め4日。土曜から仕事。
昨日は寝てた(最悪の過ごし方)。今日はいろいろ買い物。
清々しい日だったのに遠出の予定なく、彼女いないので、
しかたなく、夕方からテキストエディターとつき合う。合掌。
上の短編は、少しだけ書いて1ヶ月以上放置してたやつをなんとか了。
―――――――――――――――――――――
(C) 2009 Homura

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
少年少女の掛け合いだけで心が和やかになりますね。
好きなのに正直に言えない気持ちがあるのは学生の時だけですね。社会人になるとそんなウブな感情はなくなってしまっているのが悲しく感じてしまいます。
皆扉を開いてくれるのを待っているんだなとこの文章読むとそう思う。もじもじした恋の話は私はうまく書けないなぁ、さらっとしてしまうんだろうな。
小生
URL
2009/05/13 22:50
>小生さん。

俺「おれのピュアな心よ、もどってこーい!」
友人「探しに行けば? 富士の樹海に」

で、おなじみの火群です。こんばんは。
歪んだ心が、ウブなものを求めて、こんな話を書いちゃうのでしょう^o^ 困ったもんだ。

誰でも苦手はありますよ。おれは論理的な話が苦手です。ニョロニョロってしてる話が得意です(?)
火群
2009/05/14 00:50
ある、ある。こういうこと。
世の中、思い通りにいかないもんです。
半端にこじれたそれぞれの思いが、なんとももどかしくてグッときますね。
蜘蛛を助けた事で地獄から這い上がるチャンスをもらった男もいます。火群さんの中のピュアな心も、きっと誰かが見守ってくれていますよ。合掌。
ia.
2009/05/14 01:51
>ia.さん。
まいど、サンキュ。
もどかしい話なら、おれにまかせてくれたまえ。
もどかし検定1級だから。

それより、おれのピュアレベルは、カンダタ級かよ。
その合掌もやめー(_ ̄Д ̄)っ
火群
2009/05/14 02:50
バカシ、受ける。
男子の成長に戸惑う女子の気持ちがよくでていたと思います。奴らは、大化けしますからね。
「バカシっていうのやめよっ」、という決心が、いかにも小学生の語りで、そこよかったです。この子はもう、そう呼べなくなくなっている自分に気がついてる。
つる
2009/05/14 23:05
>つるさん。
小学生とか難しい。微妙に価値観の基準が測りにくい。現在のガキの妙なアンバランスさは気になる。噛み砕けない知識ばかり飲み込んで人格形成と乖離してる気もする。まぁいいや。
小学生も、アンバランスの象徴みたいな、モノカキ人間にそんなこといわれたくないだろう。
火群
2009/05/15 17:25
そうそう、小学生だった。大人びてるので途中から忘れてましたよ。恋は人を成長させるものだ・・と、恋をしても成長しない私が言ってみる。
どうなるんだ、この四角関係。一番想像力がかき立てられるところで終わらせるとは・・。やきもきしてしまう。
アッキー
2009/05/15 23:07
>アッキーさん。
小、中学のときは多い。あいつがあいつを好きで、あいつはあいつでこいつはこいつであれはあれで、うぜぇ知るかボケというやつ。恋は人を成長させるということは、つまり逆に言えば成長期は恋ばっかしてるわけだ。
恋をしても成長しないだって? いやまて、それでいいんだ。大人の場合は成長じゃないのだ、進化するんだ。進化。つまり化けるんだ。環境適応する。
おれも恋をしたら進化する。
チワワから、草食系の皮をかぶって獲物を仕留める新種のコヨーテにw
火群
2009/05/16 00:23

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