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zoom RSS 『膝枕』 (上) X’mas短編競作企画参加作品

<<   作成日時 : 2009/12/31 23:43   >>

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 悪い夢を見た。
 芳阿はそう言って押し黙った。
 美紀は何も聞かない。
 ベッドの中、芳阿は美紀のとなりで天井を見つめている。
 美紀は大きく息を吐いてから、そっと目覚まし時計のLEDランプをつける。
 午前五時だった。
 言わないなら知りたくない。必要ないから言わないのだろう。
 美紀はそう思っている。無理に聞く意味もないし、大事なことがあれば自分から話してくれるに違いない。
 つまんない性格だな。
 美紀は自分が空虚なことを自覚している。いや、正しくは空虚なものを抱えているというべきか。外見からはそうは見えない。静かに半身を起こした美紀の肌は透き通るように白い。やわらかな茶色の髪は生まれつき。大きな瞳は優しげな光をたたえ、少しだけ厚めの唇も温かな印象がある。職場では笑顔のやさしい美人だとも言われることもあるが、目の奥に潜む光は強く、それはひどく冷たく、時には攻撃的に見えることもあるらしい。
 芳阿はそんな美紀の強い瞳をきれいだと言うが、やさしげな印象に隠れた冷たいものを見たとき、他人はより強く違和感を持つのだろう。
 言葉少なく目ばかりでものを言う、何ごとにも素っ気ない美紀だったが、だからといって、決して冷酷というわけではない。
 楽天的な芳阿が冗談をいえばつきあうし、意味のわからないことをいいだせば、たしなめたりもする。ときには甘いことも言える。ただ、ドライであまり他人に依存しないというだけだった。
 ふと視線を感じて美紀が横を向くと、芳阿がやさしく微笑んでいる。
「なに?」
 と美紀がいうと、芳阿は手を伸ばして白い美紀の乳房に触れた。
 こらっ、と美紀が手をはね退けると芳阿は、悪戯好きの少年のように笑った。
「また、つまらんこと考えてるだろ」
「べつに」
「なんで、そんな応答するのさ。こっちはいい夢に戻ってきたのに」
「いい夢って何よ」
「今がいい夢。寝てるときは悪い夢」
「寝てていい夢を見ているときも、それは悪い夢?」
「そう、これが、いい夢」
 芳阿は美紀の肩を、さらりとガラス細工をあつかうように撫でた。
「くすぐったいよ」
「くすぐってるんだけど」
「ばか」
 芳阿は美紀の全身を長い時間をかけて、まるで何かをたしかめるかのように触れていく。やがて美紀の左ひざを子犬でも撫でるかのようにしてから、美紀をみつめた。
「それじゃ、芳阿は夢ばかり見てるわけだ。それで、いつ現実をみてるの」
「人生とは夢まぼろしだと、偉人もいっているけど」
「偉人ってだれよ。ほんと適当ね」
「適当万歳、ミッキーも適当にして寝ような」
 芳阿はそのまま毛布をかぶってしまうと、ものの一分もせずに寝息をたてはじめた。
 美紀は、誰がミッキーやねん、と小声でつぶやいた。
 芳阿には見透かされている。
 美紀の傷には直接ふれず、ただやさしく癒されるのを待っている。
 いつかそのことを話してからは、再び聞くこともない。 
 二人ならいつか癒せると心から信じているのだ。
 少しもどかしい。
 美紀はベッドの上で膝を抱えるように座り、カーテンの隙間からもれる微かな朝焼けの光をみつめていた。
 今日は、クリスマスイブだった。



 美紀がはじめて芳阿と出合ったのはニ年前になる。そのころデパートの食品売り場でパート勤めしていた美紀は、新しく入ってきたアルバイトのなかに彼を見つけた。
 芳阿はその時二十三歳だった。折からの不況で安定した職に就けず、アルバイトを転々としていた。
 美紀は彼に仕事を教える立場になったが、明るくはいはいと答えるばかりの軽そうな感じの芳阿をあまり良くは思っていなかった。
 五歳年上の美紀に対して、最初は敬語を使っていた芳阿だったが、すぐに友達のような言葉遣いになった。生意気なやつだと美紀は思ったが、嫌な気はしなかった。やさしげな見た目のわりに、無口で冷たい印象のある美紀は職場で孤立しがちだったから、むしろ暖かな空気を感じた。それに事務的で無機質な話しかしてないのに、やたらと馴れ馴れしい芳阿にちょっと興味をもった。
「おれね、ガキのころ、体が弱くてほとんど外に出られなかったんだ」
 そう、芳阿がいったのは、はじめて昼食を二人でした時だった。たまたま仕事が暇な日で、美紀が弁当を忘れてきたから、近くのコンビニへと行ったら鉢合わせしたのだ。
 春の日差しが降り注ぐ公園のベンチで二人きりで食事をした。
「そう見えないけど」
 と美紀がそういったのも無理はない。芳阿は、背はそんなに高くはないが、すらりとした印象で、適度に筋肉がついて少し浅黒い肌が非常に健康そうだった。
「ま、ちょっと爽やか体育会系だからな」
「……」
「ちょっと、黙んないでよ、冗談だよ」
 カツサンドを頬張り、下手糞な食べ方でぽろぽろ散らかしながらそういう芳阿に、美紀は少しだけ微笑む。
「ほら、美紀さんだって、本来の自分みたいなもの抱えてるでしょ、おれって明るいけど、本当は暗いんだぜ」
「え、ホント?」
「ほんと、ほんと。風呂に入ってるとき、頭まで全部浸かって、口だけ出してエチゼンクラゲーとか、一人でやってるし」
 美紀は奇妙な動きをしながらクラゲのマネをする芳阿を見て、むせてふきだした。ちょっと咳き込んでから、くすくす笑う美紀を見て、芳阿は悪びれず軽く手を合わせて謝った。
「あ、ごめんごめん。おれ、クラゲの物真似だけは天才的なんだ」
「おもしろいね、芳阿くんは」
「あ、いままで通り、ヨッシーでいいよ」
「呼んでないって」
 美紀は声をだして笑った。
「あれ。はじめて見たよ、美紀さんの笑顔」
 美紀はきょとんとしてから、芳阿の一点の曇りがない微笑を見て、自分が久しぶりに楽しい気分になっていることに気がついた。だけれどもそれが悔しいような気分になって切り返しの軽口が思わず飛び出す。
「それじゃ、あたしもいままで通り、ミッキーでいいよ」
「――呼んでねーから。それと、ヨッシーとミッキーじゃ、変なイロモノコンビみたいだよ」
 そのときコンビと言った芳阿の言葉は、すぐに本当になった。
 いつのまにか二人は急接近していった。
 お昼休みも休憩時間も、暇があれば二人は話した。
 美紀が大きな果実農家の娘で、なかなか裕福に育ったこと。男勝りで、男の子なんか泣かしてしまう少女時代だったこと。おもしろくなかった中学時代。おもしろかった高校、大学時代。
 芳阿も子供時代のこと、学生のころのエピソードをたくさん話した。話題は他愛もないことばかりだったが、互いの好意の糸が自然と絡み合うのに時間はかからなかった。

 あるとき、仕事中に美紀が左膝をさするのに気がつき、芳阿は心配して声をかけた。
「だんだん寒くなってくるとね、昔の古傷が痛み出してくるのだよ」
 美紀はふざけてそういったが、芳阿は納得しかねる表情で傷のことを聞いた。
 なんとなく不自然な明るさがその声にあったからだ。
 美紀は大丈夫といって、そこは答えなかったが、しばらくして行われた職場の親睦会で結局、芳阿にそのことを語ることになった。
 美紀には離婚歴がある。
 それは遠くも近くもない、三年前の話だ。
 大学時代に知り合った同郷の男性と結婚した。だが結婚生活はたった一年しか続かなかった。普段は借りてきた猫みたいにおとなしい性格で真面目の塊のような夫だったが、酒が入ると豹変する男でもあった。それは典型的な酒乱だった。恋人であった頃は酒が入っても気が大きくなる程度だったのが、結婚してからは酒を飲んで帰宅すると執拗に美紀を罵倒し暴力をふるった。そして、お決まりのレイプまがいのようなセックスを強要した。
 しばらく耐え続けた美紀は、なんとかしようと相手の親にも相談したがまったく取り合ってもらえなかった。あんなおとなしくて真面目な子がそんなことをするわけがないという。
 平常時の夫にも幾度となく思いのたけをぶつけようとしたが、彼は逃げるか、そのことには無関心を装うだけだった。記憶がないふりをしているが、まったくないわけがない。美紀のあざをみて目をそむける男が、自分の酒癖を自覚していないはずがないのだ。
 やがて限界をむかえた美紀は、離婚を決意した。
 夫を説得するのは難しいと思っていた美紀だが、それは思いもよらぬ形ですぐに成った。
 それも最悪の形である。
 その冬のクリスマスイブのこと、どこかでしこたま飲み歩いてきた夫は、帰宅するなり美紀を突き飛ばし、倒れこんだところを何度も蹴った。美紀が睨んで抵抗すると、より激しく蹴った。そして手加減のない蹴りが美紀の膝を砕いた。
 美紀は正月を病院で迎えた。
 その後、家庭裁判所の調停で離婚は成った。
「おまえの冷たい目が嫌いなんだよ」
 そんな夫の最後の捨て台詞は、美紀を長らく苦しめた。

 美紀は普段は飲まない酒を呑んで、かなり酔っていた。帰り道が途中まで同じである芳阿に支えられ、調子の定まらないような声で、つらい思い出を切れ切れに、なにか吐き捨てるように語り続けていた。
「それで、田舎を出たの。ここに来たのもそれがすべて」
「……大変だったんだね」
「なに、あんたになにがわかるの、男なんて、野郎なんて死ね、死んじまえばいいのに」
「はいはい、もうわかったから、早く帰ろう。寝た方がいいよ」
「寝る? 芳阿くんもいやらしい事たまには言うんだ」
「ったく。そうじゃなくて。まったく、今タクシー呼ぶから」
「そうだ。芳阿くんのところで、すこし休ませてよ、すぐそこでしょ」
「いや、ちょっと、帰った方がいいって、まじで。それにちらかってるからさ」
「なによ、彼女でもいんの?」
「いないよ」
「じゃ、大丈夫じゃん。あたしもいないもん」
「いないもんじゃねーよ。なにをいばってるんだよ。それに余計に大丈夫じゃねーし」
「うー、きもちわるい。ダッシュ、ダッシュ……」
 芳阿は同僚の熟女連中に、送っていってね、まかせたからねといわれた手前もあり、いたって真面目に、介抱してあげる程度の考えで美紀を自分のワンルームマンションに連れ込んでしまった。常識なら問答無用でタクシーをすぐに呼べばよかったのだが、そこまで気がまわるほど機敏な性格ではない。
 健康な男子の芳阿に下心がまったくないというと嘘になるが、あんな辛そうな告白をされた以上、変なことになる可能性は丸ごとすっぱり切り捨てるしかないのであった。それに、ほろ酔いくらいならともかく、ちょっと酔いすぎである。そんな女性に手を出せるほど芳阿は人でなしではない。
 酔いつぶれる寸前の美紀を自分のベッドへと横たえて、しばらくブツブツと何かをいっているのを横目に、芳阿はエアコンと加湿器を入れて、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出してソファにドスンと乱暴に座った。一気に缶コーヒーを流し込んで、頭をおおげさに掻いてから大きくため息をついた。
 目を美紀に向けるともう寝息をたてている。タイトなスカートから伸びるストッキングを履いた足が、ベッドからはみ出しているのが見える。
 芳阿はしょうがねえなとつぶやくと、立ち上がって、美紀の足をこわれものにでもふれるかのように静かに持ちあげてベッドへと乗せた。
 ふと美紀の整った顔立ちを見た。
 芳阿はまるでめずらしい絵画でも眺めるかのように、しばらく見つめていた。
 掛け布団をかけようとすると、いきなり美紀の手が芳阿の手を掴んだ。
 芳阿はどきりとした。
 けれどもなにかの意思で掴んだ感じではなかった。
 美紀の閉じた目尻に透明なものが、垣間見えたのだ。
 芳阿は美紀に手を掴ませたままフローリングに座った。
「なんだよ」芳阿は呟いた。
 芳阿は感受性の高い男だった。アルコールで連想が早まっているためか、砕けた膝のイメージと美紀の心の痛みがオーバーラップしてきて、胸の奥が軋んで水をふくんだ雑巾のようになってしまったのだ。
 ほんの少しだけもたげた煩悩も消し飛んでしまった。
 芳阿は美紀の手の温かみを感じながらベッドへともたれかかった。
 急に疲れが襲ってきて、そのまま眠りの世界へといざなわれていった。
 翌朝、芳阿が目を覚ますと、美紀はすでにいなかった。
 時計を見ると電車の始発がそろそろだった。
 冷蔵庫にくっ付いているホワイトボードに書置きがあった。
 ありがとうの文字が可愛らしい字で書かれていた。



つづく



『膝枕』 (下) 




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コメント(17件)

内 容 ニックネーム/日時
やだー。なんか本気だしー。
ちょっと面くらいました。
気を取り直さなくては。
これがホムラの真髄なんだわ。

この二人は生活を共にしてるくせに遠慮があるのね。
それがどうなっていくんだろう。

次回を待ーつ!
つる
2010/01/01 01:24
やだー。なんか本気だしー。
ちょっと面くらいました。
気を取り直さなくては。
これがホムラの真髄なんだわ。

この二人は生活を共にしてるくせに遠慮があるのね。
それがどうなっていくんだろう。

次回を待ーつ!
つる
2010/01/01 01:24
やだー。一コ消して〜
そして、これも消して〜
つる
2010/01/01 01:25
ボケのないホムラさん、本当にすごい文章をさらりと書いてしまうんだよなぁ。
最初、間違えてコメント欄から入ってしまったので、文頭に戻ろうとスクロールすると、『あ、長いかな』と正直感じてしまったけど、あっという間に読み終わってしまった。
読後に感じた余韻もホムラさんならではの残し方で、『灰ホムラ』とか書いている人と同じ人とは思えない(笑)

登場人物の輪郭というか人物像も、鮮明で説明臭くないし、二人の距離感も表現が丁寧だし。


曲も……あれ? 曲は!??(爆)
たろすけ(すけピン)
2010/01/01 03:42
ボケのないホムラさん、本当にすごい文章をさらりと書いてしまうんだよなぁ。
最初、間違えてコメント欄から入ってしまったので、文頭に戻ろうとスクロールすると、『あ、長いかな』と正直感じてしまったけど、あっという間に読み終わってしまった。
読後に感じた余韻もホムラさんならではの残し方で、『灰ホムラ』とか書いている人と同じ人とは思えない(笑)

登場人物の輪郭というか人物像も、鮮明で説明臭くないし、二人の距離感も表現が丁寧だし。


曲も……あれ? 曲は!??(爆)
と思ったけど、続きがあるのですね。
楽しみにしています。
たろすけ(すけピン)
2010/01/01 03:44
やだー。最初の消して〜
そして、これも消して〜
たろすけ(すけピン)
2010/01/01 03:45
こら〜〜
2人してコメント欄で遊ぶな〜〜
両者、ウェブリブログ名物、投稿すると直せない消せないビッグローブ改善やる気ゼロだろなんとかしろコメント欄の刑に処す!
ホムラ
2010/01/01 06:16
>つるさん。
遅くなりました! ボケました!
では恰好がつかないので、ふざけないように書こうと思ったらじわりじわりと長くなりすぎた……。
後半は酒精が抜けてから、今日中にアップします。
ホムラ
2010/01/01 06:28
>たろすけ(すけピン)さん。
長くてまじでごめんス。
ボケるほうが楽だったことに今さら気がつく2010。
急いで読む必要もないし、短い感想コメでいいので気を使わないでくださいな。いやホント。
ホムラ
2010/01/01 06:40
ギリギリのエントリーでしたね。正月気分で読ませてもらいますよ(笑)
このあと、どんな秘密が暴かれるのか、はたまた新たな進展があるのか、続きが待ち遠しいです。

私も風邪ひいちゃいましたよ。今年の風邪は○○でもひくみたいですね(笑)
ia.
2010/01/01 13:14
あけましておめでとうございます。正月にクリスマスの話を読むのもいいですね。情緒的で、タイムテレビを観ているような感覚です。
これが滅多に出ない「白ホムラ」の実力・・。お久しぶりです。黒ホムラに刺されてましたが、解毒剤を飲まれたので?
アッキー
2010/01/01 14:44
やだー。
前コメで「ホムラ」とか呼び捨てしちゃってるしー。
許されて。

&コメ消さないほうが面白いね。
たろすけ(すけピン)さんのノリに感謝だわ。

てか、つぎ、
早くぅ〜〜〜〜ん。
つる
2010/01/01 17:57
>ia.さん。
できれば正月気分を過ぎて、酒がはいった状態で読むことを推奨します。そのくらいでいい塩梅になることでしょう。

○○は不治の病だから、風邪に哀れまれて出て行かれました。
ホムラ
2010/01/02 00:22
>アッキーさん。
あけましておめでとうございます。
黒ホムラは、精神世界の最深部の氷結地獄に封印されました。灰ホムラはアル中になって家出しました。
この世界は愛で満ち溢れています。
ホムラ
2010/01/02 00:37
>つるさん。
問題ありません。
そうだ、僕も自分で自分ことをホムラと呼ぶかな。
「今日、ホムラは小説書いたんだ、どう?」
うん――。アレな人になってしまうな。
yazawaだけが許される特権だな。
ホムラ
2010/01/02 00:52
「ホムラ、行きまーす!」みたいな?
やっぱりアレな感じですね(笑)
ia.
2010/01/02 02:27
>>「ホムラ、行きまーす!」
うん、アレだね。
さっさと“逝”ってくれって言われそう。
ホムラ
2010/01/03 03:32

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