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zoom RSS 『彼女のしっぽ』

<<   作成日時 : 2009/06/15 23:58   >>

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 ある日、帰宅すると同棲中の彼女に尻尾が生えていた。

 それは茶色の、ふさふさした犬の尻尾に似ていた。

「ただいま――」

 と、僕が玄関で固まって、むつかしい表情をしているのがわかったのか、彼女は小首をかしげた。

「おかえりなさい、どうしたの」

 あまりに自然な感じだったので「なに、その尻尾?」という言葉を飲み込んでしまった。クリクリとリズミカルに動く尻尾はどう考えてもアクセサリーやファッションじゃない。あきらかに生えているように見えるし、血の通ったものとしか思えなかった。

 ええと……、これは一体どういうことなんだろう。

 彼女の顔を、まじまじと見た。

 日本的な美人タイプである。清楚な感じだが、どこか冷たい印象も受ける顔だ。気が強そうなふうに見られやすいが、よく見ればメガネの奥にみえる瞳に愛嬌がある。

「……あ、いや、今日は晩飯なんなの」

「サンマ焼いたよ。――あ、やっぱ臭ってる?」

「ん。そうでもないけど」

 その間にも、尻尾はふわりふわりと動いている。

 なんなんだろう。

 ギャグか。

 どういう冗談なんだ。

 気になるけど、僕はとりあえず触れないことにしてみた。

 彼女は、回りくどいことは嫌いな性格で、あまりジョーク的なものを好まず、変に真面目なところがある。その彼女が自分からこの異様な物体のことを言わないはずがない。たぶん、すぐに説明してくれるはずだ。

 彼女との付き合いはもう二年になる。

 この2LDKの古めのアパートに、僕らは半年ほど前から住んでいた。

 以前は都会に住んでいたけど、彼女の強い勧めでこの田舎町に引っ越してきたのだ。

 当時、僕は勤め先の倒産で失職し、なかなかいい仕事がみつからず困っていた。

 そんなとき彼女が田舎へ行くことを提案したのだ。

 ここは彼女の生まれ故郷であり、彼女の親父さんは地元の名士だった。彼女の親父さんへの口添えもあり、僕は地元の建設会社に良い待遇で再就職ができた。

 彼女に頼ることは、男としての葛藤はあったけども、彼女とは最初から結婚を前提にした付き合いだったし、変なプライドで彼女との未来を失うのは愚かなことにも思えたのだ。

 それに、住んでみれば田舎暮らしは思ったよりも快適だった。



 僕はとりあえず着替えを用意してから、シャワーを浴びるべく洗面所に入った。

 その間も彼女をチラリチラリとうかがった。

 たしかに生えている風に見える。

 ……そうだ、きっとあれだ。つまり“萌え”的な何かというやつだ。

 いわゆるコスプレ的な感じで……、犬っ娘(こ)みたいな。

 最近、夜が淡白なんで、気でも使ってるのだろうか。

 ただ、僕はそんな“嗜好”はないんだが――。

 まあ、常識的に考えて、本物の尻尾が生えるワケはないのだし、僕はそんな解釈をするしかなかった。

 シャワーがすむと、頭にタオルを巻いて、Tシャツとトランクスの姿で食卓についた。

 おいしそうなサンマが焼いてあった。他には、大根おろしと、キャベツとキュウリのおしんこ、のりの佃煮、ほうれん草と油揚げの味噌汁がある。

 あたたかいご飯を用意してくれる人がいるってことはなんて幸せなんだろう。

 やっぱ彼女とは、良い家庭を築けそうな気がする。

 そろそろ結婚をするべきなんだろうと思う。その前提でこちらに来たわけだし、ちゃんとプロポーズする頃合なのかもしれない。

 ぼーっと、そんなことを考えていたら、彼女が熱い緑茶を入れてもってきた。

 ……尻尾を、ふわっふわ、させながら。

 一気に現実に戻された。

 結婚生活に奇行は歓迎しない。

「なぁ……。さっき聞きそびれたけど、それって何?」

「え……、それって?」

「その尻尾だよ」

「尻尾って何?」

「だから、尻尾だよ」

「よくわかんないわ。尻尾ってなに?」

「……」

 彼女の目をまじまじ見た。

 本気っぽい。

 僕は彼女の尻尾に触れるべく、立ち上がろうとした。

 そのとき、急に彼女が大きな声で言った。

「ねぇ、常識って知ってる!?」

 僕は、びくりとして中腰のまま動きを止めた。

「なんだって?」

「常識よ」

 僕は、彼女の今まで見たこともない威圧感に、気おされて答えた。

「もちろん……知ってる、けど……」

「人間には尻尾は生えてない。それって常識よね?」

「……それは、そうだ」

「だから、わたしに生えているワケがない。わかる? その必然性もないし」

「いや、でも、ちょっとまてよ。たしかにそうだけどさ、現実にだな……」

「目に見えることだけが現実ではないの。人間には、常識にそって生きることも大切なことなのよ」

「……」

 冗談には聞こえなかった。

 よくわからないが、尻尾については触れてもらいたくないらしい。

 彼女の瞳の奥に、刃物のような鈍い光が見えた気がした。

 これ以上踏み込むと、怒り出すのは間違いなさそうだ。

「わかったよ……。なんだか知らないが、説明する気になったら、ちゃんとしてくれよ」

 彼女はそのとたん笑顔になって、今日のご近所の噂をぺらぺらと話し出した。

 僕は複雑な心境でサンマをつついた。あまり味がしない。

 夕食後のレンタルDVD映画の鑑賞も、なんだか気が入らなかった。



 やがてベッドに入る段階になって、僕は躊躇した。

 ……まてよ。あれが本当に生えているのだとしたら、確認にちょっと勇気がいるぞ。

 なんだか今夜は、いたす気分じゃなくなってしまった。

 それに、もしかしてあの最中もフワッフワ、バタバタさせるのだろうか。かなり気になる。というか、最大の問題は、僕は化かされてるんじゃないのだろうかということだ。

 考えてみれば、あの尻尾は犬ではなくて、キツネのような気がする。そういえば、うちは欠かさず油揚げが冷蔵庫と冷凍庫に買ってあるような気もする。

「どうしたの?」

 セミダブルのベッドの上で、彼女がいった。

 メガネをかけていない彼女はすこし童顔で、冷たい印象は緩和され、守ってあげたくなるような繊細な表情を見せる。

「え……、いや、なんでもない」

「怖がらなくて大丈夫よ」

「……?」

「めったにないけど、明るい夜には見えなくていいものが、まれに見えることもあるかもしれない。それだけ気にしなければいいだけよ」

「……つまり、満月の日ってこと?」

「そう。それだけ。それに何か問題がある?」

 彼女がフフっと笑った。

 今夜は妙にエロティックで、妖しくて、艶めかしい。

 なんだか、どうでもよくなってきた。

 不思議と騙されてるとか、怖いとかいう感情はなかった。



 翌朝、仕事に行く途中でコンビニに寄った。

 いつもここで、タバコと缶コーヒーを買う。最近、アルバイトの女の子がカワイイので、目覚ましにも丁度いい。

 ドアを抜け、女の子のいつもの「いらっしゃいませ」を聞く。だが、レジを見るといつもの女の子ではなかった。

 またも、僕は固まってしまった。

 生えていた。

 今度は、耳だ。

 その茶髪の頭に、真っ黒なふさふさの動物の耳が生えていたのだ。

 尻尾もちらりと見えた。

 ……なるほど。

 と、僕は思った。

 外に目を向けると、まだうす暗い空に、満月がほんのかすかにだが見えている。

 すると、あれはタヌキか。イタチか。

 奥から出てきた、もう一人の女性店員は、白っぽい尻尾が見えている。

 あっちがイタチかも。

 化けているのか、憑き物みたいなものなのか。

 それともまさか、この町ごと狐狸の類いの棲み処なんじゃないのだろうか。もはや、そんな気がしてきた。

 なにも気が付かないふりで買い物を終え、車に戻ってから煙草を一服する。

 まあ、たしかに、落ち着いてよく考えてみれば、彼女のいう通り問題はそれほどない気もするのだ。

 僕の彼女がもしもキツネだったとしても、なにも好きでキツネであるわけではないし、それが人間に化けて僕の彼女をやっていても、嫌ならばとっくにやめているはずだ。

 どんな動物でも嫌なことを長い期間やってたら病気になる。

 そもそも問題なく、献身的かつ、ほぼ完璧に僕の彼女をやりきっている存在に何を言えるだろうか。

 彼女は、まさに彼女だった。
 
 むろんキツネが彼女をやる必要はないが、彼女をやってはいけないという理由も特にない。

 そこに問題があるとしたら、毎日なにかしら晩飯に油揚げが出てくることぐらいである。

 










―――――――――――――――――――――
⊂⌒~⊃。Д。)⊃ …また間が空いたなぁ……
こまったもんだなぁ。

かゆ…うま…
―――――――――――――――――――――
(C) 2009 Homura

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
面白いなあ。火群さんのショート。あっという間に引き込まれて、そのまま読み切ってしまった。
問題はないと割り切る主人公。献身的な彼女。いいなあ。

もう、嫁にするしかないな。あ、私はイタチの娘がいいですww
たろすけ(すけピン)
URL
2009/06/16 21:47
ふさふさの尻尾、いいなぁ。私も欲しい!
でも見えなくていいものが。まれに見える、ってめっちゃ怖い気がします。尻尾くらいならいいけど……鈍感で良かった。
ia.
2009/06/17 01:05
>たろすけ(すけピン)さん。
こんばんは。
ありがとうございます。とはいえ、最近低調です;
しかし、この主人公も、男らしいのか、呑気なんだかわからんですね。

イタチ系の娘は、一癖も二癖もありそうですよw
火群
2009/06/17 01:18
>ia.さん。
ええっ!? よく見てください!
女性はみんな生えてますよ。
尻尾じゃなくて、鋭い爪と強靭な牙が!

僕は、噛まれても噛まれても立ち向かうのです。
(ノ゚ω゚)ノ オオォォォォォォォ
火群
2009/06/17 01:35
これは萌える。人間に変身する動物たち。昔話でも、獣が人間に化けるときは美女と決まっとる。
以前読んだマンガで、夜になると呪いで獣パーツが生えてくるという、逆パターンがありました。
何も問題ないと思いました。

問題があるとしたら、頭の固い人たちの偏見でしょうかね。
アッキー
2009/06/19 10:52
>アッキーさん。
せっかく化けるなら美女で頼むぜ。ってやつですな。変身テーマは、いっぱいあって楽しいけど、万能すぎるネタだね。

偏見とは、とかく、おそろしいものよ。
なさすぎも危ないが^^
火群
2009/06/20 02:19
ふさふさはいいねえ。ふさふさは。わたしには角があるらしいですよ。
尻尾は、肝心なことの象徴と思いました。家族は近しい距離にあって、何でも見えてるけど、敢えて触れない。そういうもののことを言ってるのかなあと思いました。
常識を語りだす妻の加速度が妙にリアル。諭されてどうでもよくなっていく僕が、誰かさんと被ります
つる
2009/07/15 00:24
>つるさん。
ふさふさはいいよー、ふさふさ大好きだ!
…角! そいつはデンジャラス! しかし、毒牙とかよりは良い!

尻尾の暗示の取り方は人それぞれかな。
ただ、だれもが心に閉じ込めてるよね「獣」

いやー、遅いレスポンスで申し訳ない。
すっかりダラダラしてます。
火群
2009/07/20 01:02

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